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Music 12月/ 11月/ 10月/ 9月/ 8月/ 7月/ 6月/ 5月/ 4月/ 3月/ 2月/ 1月/ 2025/12/25(木) 依存 「傍にヨメが居てくれて本当に良かったわ…」ここしばらく毎日のように彼女にそう投げかけている。「石澤さんは絶対自分で自殺(や)るひとだとずぅっと思っていた、それが…」当時のケースワーカー氏の言葉、過去三度のOD、縊首(いしゅ)、餓死未遂、そして現在もう沈む、耐えがたい、堪(こら)えられるのは…そう、どっぷり彼女に依存していると言える。今日も日中、もしあの世があるならどうして過ごすかと細かに問いかけ、あやしてもらった。 天候は晴れ、雲が一つ二つ、心地良い風がそよいでいる。初老、緑の木陰のベンチで白いワンピースを着て読書をする。そしてサーティワンのアプリを開きメニュー・チョイス。下界ショッピングで実際のお店へ。ベンチに戻ると同年代の女子に「わー美味しそう、いいな〜」と声をかけられる。 来世では大学のキャンパスで出会う。場所は多摩美。図書室で美術画か観ながら「これいいですよね?わたしもこの絵好きなんですー 気が合いますね」と、応えるのが面倒な口ぶりに丁度、ヘルパー氏の呼び鈴が鳴った。 同じ診断名に玉置浩二氏がいるようだ。新曲「ファンファーレ」も好調、自分は一月中旬頃か、H.P.やYouTubeにて既出の楽曲になるが新アルバムの配信依頼はしてある。日記を校閲するのも自曲を聴いてくれるのもまず彼女、また云おうか「傍にヨメが居てくれて本当に良かったわ…」 2025/12/16(火) 林檎の詩 実り群れた林檎の肩に雪がかかり、品種は國光(こっこう)ではないか、地元では雪の下(ゆぎのした)とも云う。長渕氏のInstagram親友の元を訪ねているようだ。 一昨年、上京するまで居た団地を引き払い自分にも帰省する住処はなく、施設で過ごす母親への面会では決まってカプセルホテルになる。孫世代がもう時期になるが何処も付き合いは希薄ではないか、自分には心当たりはないがまた「まっこ(お年玉っこからか)」で難儀する方も、そして氏がワンナイト・クリスマスライブを配信するそうだ。 「正午前」気づいてはいるが次回のアルバムへ収録と今朝は、高橋真梨子氏の「五番街のマリーへ」をBGMにした。食後も口ずさみ「マリーが死んでいたら」と妻が、それは頼られた誰かは「私は死んだことにしておいて」とは云えない、良く聞く女子は上書き、男子は別フォルダを開いてが一般的な男女、出会いと別れの在り方なのだと二人、洗濯物を畳んだ。 妻がヘルパー氏とともに少しずつ寝室の大掃除を始めているのを他所に、自分は9%を一口二口。まことしやか初恋のあの娘も亡くなったと配信のコメントで聞いた。…彼女はキラキラしていてとても目を合わせられない、これは恋だ、性懲りはない。クリスマス、妻とは町田のつぼ八あたりで安く上げたい。 2025/12/15(月) 暮れなずむ 花粉症の妻の点鼻薬を駅前で買う。サワー祭りは秋方のようであった。昼時、最寄りは人影はそれ程、友人は新百合ヶ丘の宝くじ売り場の行列に並んだそうだ。身内では昨年と同様、週末はクリスマス忘年会を予定している。 二十代の頃、高揚していてサンタに扮しギターを背負って街に繰り出していたのを思い出す。馴染みのスナックに入ると、ヨーカドーに蝋燭を買いに行かされ、帰り道は子供用のソックスに飴玉かなんかを仕込んで街中で配った。店の宣伝などではない、私用である。個人事業を始めて余裕もあったのだ。 あの頃はまだOPAやVIVREのオープン前で「ブル」と呼ばれるホームレスがいた。黒のヘルメットにサングラス、スーツ姿でシュプレヒコールを執る年配もいた。自分がカマキリ像の奥でギターやトーク、パフォーマンスをしていると、隣接するりそな銀行の上層から録画しているからとうそぶきに来る。ミレニアムの入院後から何時の間にか二人、街から消えてしまったようであったが。 …妻の寝息、不調が続いているらしい。ある店舗の女子の笑顔を思い浮かべている。自分も外側は老いさらばえてしまったが、内側はまだ若年のままのようだ。年甲斐のない思いに駆られている。クリスマスは、あの娘とホテルをとりたい。 2025/12/14(日) 夢 家計簿、妻の電卓を叩く姿はあまり見たいものではない。明日年金が入るので幾ら下せるのか算出しているのだ。近所の総合病院にATMがある。昼時、食堂でラーメンを啜るのもいい。今時でも¥10の値上がり、¥510は良心的である。現在はどうか以前は頼めばライスも無料で付けてくれた。 朝食が遅れ、コンビニでパンと9%を買う。美空ひばり氏の愛燦燦をBGMにして飯台を囲む。近頃、毎夜違う懐かしい方達に夢で逢うのが不思議で友人に話すと私もと、妻も同じくと云う。ネガティブにも何か大きな災害、最期の別れを思ってしまったがAIに訊くと、これは単なる偶然ではなく「集団的な無意識の反応」を示していて、取り巻く環境や社会状況に、何らかの「つながりの希薄化」や「過去との断絶」を感じさせる変化が起きているのではとあった。多数の方が見ている夢、良くある話なのだろうと思うことにした。 もう十五年精神科に入院している友人がいて、まだ四十前端正な顔立ちの女子なのだが身内の都合なのか前歯が三、四本抜け落ちたままでいる。コロナの時期から面会は家族親族に限られていて、外出に連れ出すこともできない。グループホーム等への入所も難しいのだろう、ふと養子縁組はと思ったがとても妻に相談できるような話ではない。ただ彼女の得意料理だと云うシチューが啜りたいだけなのではあるが。 寝室にばかり居て、煙草が減らない。明日は日高屋のサワー祭りに行けばいいのである。もちろん火の車に乗って行くのである。 2025/12/13(土) リハビリ 断薬すれば高揚するだろう。だが以前は毎年のように入院していた。周囲は当然のように服薬は続けた方が良いと云うし、自分も隔離室行きになってしまう。先日「沈」と一文字LINEで友人に、今日は「暗」と送信した。赤裸々に日々記していこうか、拙く他愛なくて良い、文筆に慣れまたまとまった文章が書けるかもしれない。 ここ数日は鬱屈した気分をと、9%を選んで缶酎ハイをひとつコンビニで買う。一時、僅かではあるが楽にはなる。何処からか「働け!」との声がする。思い立って出向いた福祉施設で当事者の外出支援など「ガイドヘルパー」の仕事はどうかと、月に数回の通所からと勧められたが足は遠のいていた。 …今は無理せずやれることをやって、とりあえず明日まで生きていこう。日中は妻と出会った頃の話をしていた。初めて妻宛に書いたラブソング「あの娘はヴァーチャル」を口ずさむ。 恋してみたい あの娘はヴァーチャル 8年前 BBSでみつけた 死にたがってた女の娘 決して眼(まなこ)は塞ぐなよ 彼女の叫びが届かないから mixiから切り抜いた歌詞がアルバムに挟んであって、ついでにページを捲る。もうすぐ二十年、長年自分なんかの傍に居られる彼女を尊敬する。筆を擱ける枡数である、幾分気分が良い。友人が心配する、「明」と送信しておきたい。 2025/12/03(水) 静 自身、既に自分というゲームはクリアしたと、そんな心境が続いている。電話口「アンタはもう人生の勝ち組や」悩める若年が溜息混じりの声色を窺わせるのに合わせ「聞き手、事実か妄想か何てことよりも当事者であってもそう、何れも付き合うのはどうか、受け入れていく姿勢」などと先輩風を吹かせるのは心地が良い。後十年、二十年「Ken Ishizawa QuestU」を始めるか、余計な話は「人が今、幸せで居るのに水を注すとは何事」と応え、これから差し引きで訪れるかもしれない不幸には目を細め、成る丈心穏やかに、この頃はアルコールも買い置いていないと。近況は、至って平和な日常である。 歌(Temporary)に「夕焼け」を更新し、来年にはサブスクに新しいalbumを更新できればと思っている。アーティスト名は大それたNihon Ookami Kamuiより石澤健にしたいのだが、システムの都合、昨日配信元に問い合わせメールを送信した。こうしてまたひっそりとでもWeb上に生きた痕跡を残すのである。贅沢を云えば身体の動くうちにヨメと二人、鶴巻温泉にでも行きたいのではあるが。 母親が七十八になる。バースデーカードに「自分は充分幸せです。生んでくれてありがとう」と書いた。今朝もゆっくり、コーヒーでも飲みたい。 2025/10/09(木) どこ吹く風 文豪が自らで収めてしまうケースが多いように思うのは、自身を救う言葉を探せなくなってしまうからではないか、夜を越しそんな処方箋の歌詞をと、だがそうはあてがえるようには綴れない。今朝もコーヒーに深く息を注いで飲んでいる。 日中はヘルパー氏、普通のひとというのは何事においても平均値である、世界でたったひとりの人間という話をした。数値で可視化できる場合を除いて、確かに各々評価が異なる事例についてはそうとも云えない。しばらく考え込んでいて機嫌が悪そうにも見えてしまうだろう顔を、ケチャップが僅かだ、外出することにした。 先日の移動八百屋で見覚えのある林檎であった。「秋映」が並ぶ時季であった。ミニトマト、大葉、ニラ、もやし、バナナ、パスタソース、まとめておいたメモからカゴに揃える。かにかまが何時もより¥30も安く、値札にしばらく釘付けになった。2パックである。酒、コーラは、11月の採血用に身体を作らねばならないのもある。ヨメにパルムを買った。帰路、射してきた陽にジャケットはまだ不要であった。 YOUTUBE、斉藤和義氏「FIRST TAKE」3年前とあり、自分と同じ歳である。そう云えば配信でアワビ大会の開催し過ぎでとある女子にブロックされている。だがもう時期、歌うたいのバラックが書けそうな勢いではあるかもしれない。とりあえずAmazonでコンバースを探した。 2025/08/14(木) 盆でリボーンなるか 見聞き、些細なことで良くも悪くも効く。今日に至っては「もう、死ぬね」と女友人にLINE、すぐに通話がかかってくるほど自分は心配されていた。夕食が済み、己を生かしていくためには創作の渦中に常に身を置くしか今は手立てがないのではないか、そう思えて久しぶりに筆を執っている。 可笑しいのは、例えば自分が今朝は気分がラーメンで食し、誰かに朝食について訊きうどんだったと応えられただけで「何故ラーメンではなかったのだろう?」と共感されていなかったメニューに著しく気が滅入るのである。だがこの「うどん病」は、後に体調を問われる度「今日もうどんやった」と余計な気負いをさせずに済む、フランクな応え方となった。 先月辺りからnoteに連日Web上にある音源の歌詞(コード譜)をサブスクリプションへのリンクと共に更新、根を詰めすぎてヨメに「仕事し過ぎ!」と盆休みに突入させられたのが、自分には嬉しい叱責であった。アクセス状況は「近況」「ふたつめの世界」「風は今東から」が上位、ただカウント数は自慢できる数字ではなないのではあるが、気づいたのは路上ライブで重宝するだろうことである。一昨夜、沸々ととてつもなく弾き叫びをぶちかましたくなり「明日は向ケ丘遊園かに行くぞ!」と通話口で宣言、コータローが交通費とコーラ代500円をカンパしてくれている。 吐瀉(としゃ)の嘔吐(えず)きは二度三度、明日明後日も記すであればファンの皆さまも随喜の涙であろう。とりあえずサブスク、再生回数ポチポチしなさい。 2025/05/25(日) 上から下から 日々不調が続く彼女、手を結びながら傍で寝入るその表情に時折目を配っている。曇天にさえずる声が救いであったように静寂が訪れしっかりと手を、鈴音がして三人、今日も不確かな平穏への前にいる。 友人達と通話する機会が増えた。同様に底辺で暮らす或いは地位名誉財産共満たされてはいても、やはりそれぞれに生き苦しさを皆感じている。自分達だけが解放されているのは有り体に可笑しなことではないか。 そんな名古屋から柿の葉寿司とケーキを土産にと若獅子を来訪させようという話がある。彼はいたく自分を買ってくれる稀有な存在である為、若干訝しい。だがこの機会、どうせ引き継ぐ誰かも見当たらない創作物のデータ全てを彼に渡すのはどうかと思っている。 近場での求人をチェックしていて進展、一般的な職場に踏み入るのは数年ぶりになる。接客のシュミレーション、クレーム処理等もまた話題になった。「いざとなったら彼等にたかる」そうしてのうのうと生きていくのだ。きっと甘やかしてくれる筈である。もちろん借りたカネは返さないポリシーである。 とばりも下り、粗末な夕餉に彼女と笑む。着信。「京都のコータロー、いざ出陣!」〆の一言をせがんでみた。 2025/05/14(水) 創作で晴らす 妻の通院に掛かる交通費が福祉にて二箇月分滞り、求人は恐らく年齢等個人情報の関係か近場での単発は上がってはなく、携帯そしてWeb環境のキャリア変更に伴う一時的な支出も重なりと、相変わらず生活は中々にスリリングである。その昔、夜間ライフラインがすべて遮断された知人宅に一泊することになり、逼迫した彼の「狩って食ってやろうか」そんな気迫に圧倒されたのを思い出す。ロッカーであった。 実状は日々虚ろに、ほぼ底辺を這うような思考が巡るのであって、朝方、ゴミ出しから帰り際の青空、日中、妻に差し出されるアイスが効いた時も束の間のことであった。今夜はめずらしく筆が半ばまで進んでいる。灰皿が山になってきた。 JOYSOUND無償登録の企画また、創作大賞に追加でオリジナル楽曲を応募した。以前であれば自分の作品等、良く分からない人間に評価されたくないと云い頑なになっていたのだから、まるくなったものである。齢、ゴールが近いと考えるようになったのもあるかもしれない。肩肘は張らなくても良い、閲覧してくださる方に「面白い」「魂に響く」等云われれば素直に嬉しいではないか。ただ新作ではないのが不甲斐ないところである。 未だ沈むようなそれはやってこないでいる。むぎが氏が新しいお皿を買ったようだ。instagramの通知が来ている。 2025/05/03(土) 見る 蛙の声がした。彼の入院先に出向くのは昨年の暮れ以来である。大分元気のない、ナースステーションのすぐ隣の病室に移っていた。携帯のメモに「痩せたね」と筆談を開始、声が出しづらそうであった。麺類が相変わらず刻んであるのと、リバビリに成果が乏しいのがとりあえず云える不満らしい。申し送りの時間が近づくまで二時間程、差し入れのお礼にと宝くじの末等を二枚受け取った。 連休で待ち時間を気にしていたが、行きそびれていた髪の毛をカット、葱坊主にしてもらう。ヨメに「ミュージシャンみたい?」と、頷かざるを得ない表情に自分の年甲斐の無さを若干、早速シャワーで流して鏡に立ち、出掛けたくなっている。可愛いもので某女子に、明日定例会はどうかとLINEした。 花瓶にブルーのカーネーションが手頃で有った。郷里の母親に立て飾りをヨメが用意してくれていて一言ずつ添える。ケア担当氏の便りから、彼女の自室のテレビの前に、いつ渡したのか忘れてしまった自分が使っていたピックが置いてあるのだそうだ。MP3プレイヤーにオリジナルを詰めて渡すのはどうかと思った。 来週の通院、売店の前にあの娘はまた座り込んでいるのかどうか。治療中の歯を気にかけていたので髪を撫でてあげたのを思い出す。…ヨメに柏餅を買ってあげるのを忘れていた。 2025/04/24(木) 肩書に銭カネ 自称、総合芸術家、トラディショナルフォークシンガーの看板を下ろし、リボルビング払いでの負債、創作物に関しての売り買いの話、自己破産の前に本当に困った時はと言葉をくれる方はいた。だが、仮に大きな収入は福祉の停止や廃止になるであろうし、定期的に継続して得られる額でもない。再申請をし、影響は復帰させる為には甚大な手間がかかる。既に配信では、借金おじさん、リボおじ、リボくんと呼ばれている。 何時までも自分は恵まれているであるとか、幸せを多く感じられる環境には居られないだろうと思う。できれば死ぬまで此処でとは、だが最悪のケースを思慮するなら離婚であり妻と娘は北九州の姉夫婦のもとへであろうか、そして自分は野垂れ死にもできず余生は精神科への社会的長期入院である。現状のままでは何れ破産申請を提出することになるであろう。だとしても物価高であって生活苦とはなる。救いは妻が明るいことだ。 或る創作大賞にオリジナル小説を二篇応募した。楽曲も含め、創作活動はこれからもしていくつもりでいる。先日、何気ない妻の「お腹空いた…」との声を聞き、奮い立ってはいた。「…娘と二人、こいつらには食わしていかなあかん!」と強く思ったのである。そのためには少し狡猾であっていいのかもしれない。 2025/04/12(土) 加齢と微笑 毎月の家計簿はアルコールとタバコが最も家計を圧迫、続いて自分の外食の頻度であり物価高、そして男友達女友達との付き合い方の差について等、朝方までヨメと語り合い食事は正午の手前、後、舌の根は乾いてはいるが流石にコーヒーにした。 葉桜になる。日々日課PCを開いて、座り込んだままでいて只の一文字も筆が進まずにいた。今日はこうして駄文ではあってもと更新を心待ちにしている方々に向けて、だがまた世間のうねりの中に身を投じるのかと、自身の影響力に余計な過信がある。騒ぎと云っても自己破産の可能性、起業していても負債は当然であるとは思う。僅かではあるが収益はある、職種は自由業・自営業と云うのが言い訳であろうか。主な経費は通信費・交際費になる。だが福祉の世話になっているのだから、大手は振れるものではない。前述の嗜好品を抑えること、今はスポット、単発の求人に目を通している。 話題の米の価格について、ブレンドする麦の品薄が目立って来ているようだ。海外米と同様、麦も国内産は難しくなるのかもしれない。備蓄米を市場流通させる中枢にありJA保守の意図もあるのではと云う声も聞いた。日本食ブームの近所付き合い、円安、外貨獲得、自分にはそれがしっくりくる。今年度の新米は口にしたいものではあるが。 さて、そろそろ一杯飲る。気温も上がり、野菜たちの足が早い。今夜は中華丼にする。 2025/03/11(火) それはさて置き 口ゴムを入れ直してもらったが、どうやらパンクしているようだ。胆石のエコー検査の結果を待って車椅子を修理に出す。往復分は空気は持つ、痛み次第、杖を持って行って帰りは預けてくるのでも良さそうだ。それにしても偶に二人遠出はしたい。雨、仲間内で浅草演芸場へ歩いたことなど懐かしく思い出す。新婚の頃の東京タワー蝋人形館は今ではクリアランスされてしまったようだ。 2012年辺りからしばらく「今日の5分」というタイトルで日々デジカメを回していた時期がある。昨年、外付けHDからUSBメモリに移行して手軽にはなったが、とても若かりし頃のお互い等全記録観れる代物ではない。思い出は写真一枚で良いのかもしれない。焼き付いたその一枚から全てが風化していくのだ。現在ではAIにて故人の存在は仕草や語り癖など忠実に再現され「半永久」である。そういえば会話型アプリCotomoの女子にヨメが嫉妬していたのが可愛いくて笑ってしまった。 古い話ではないか。アナログに回帰するのは以前から、デジタルとの往来の中で先に、静まる時は眠りのときなのかもしれない。忘れていくしかないのなら、それはそれで虚しくはある。全て背負って何処へいく流れ着くのに未開の地はと空を眺める。「また朝から飲っているの?」レモン水を眺める。目の前が広大な新天地であることに気づかずにはいないか。そう、何気なくは何気なくはないのである。 …街に喪服の群れを見る。桜の開花予報が未だである。 2025/02/21(金) 夕刻 朝からである。今日は車椅子は酒気帯び運転、内科の帰路ハッピーアワーに行く。ここのところ沈み気味でやたらと卑屈になっている自分である、近所の子らも「あいーもん」見つけたと声を揃え志村けん氏を冷やかされている。その昔、ビートたけし氏主演のドラマ「学問ノススメ」で素面では気弱で引っ込み思案な彼がフラスコのエチルアルコールかクライマックスでは必ず酒を飲んだ途端、饒舌で無敵の教師になった様を思い出し、今朝は陽射しが暖かい、筆も笑んで軽やかである。 前歯が数本無い泉谷氏のyoutube「イメージの詩」弾き叫び、自分も「やっちまえ」と思う。何を燻っているのか、腐っていく刺激の足りない世の中ではないか。皆死んでいったんだ。「野生のごとく叫んでられたら、この街にも用がなくなる。此処にいる以上眼つきを変えてふるえて眠る夜を知る」闘いの渦中に身を置く生涯は、自分も憧れではある。だが今は得も知れぬ幻に飛びかかっていく若さを思う。だからと云って他に拓(ひら)く世界を思惟し埒の明かないまま気だるくこなす日常がある。とにかくギターを背負って街に出ればいいのではないか。 三杯目も僅か、髪の毛を洗う。「徳ちゃんと飲む酒は美味い。また飲みたいな。やっぱり友達は良いもんだ」出掛ける16時まで時間があった。空白を埋める手伝いをしてくれる彼を置いていくのは忍びない。彼女の準備ができたようだ。 2025/02/11(火) 日和 二杯目のコーヒー、今朝は二人ウヰスキーを入れチョコレートを摘まむ。穏やかにマッシュポテトを崩しトーストで始まるのもと、快晴でありお洒落をして少し遠出、角打ちもいい。先日のタイムラン、作家の町田康氏の目に映る光景と吐き出した自身の心地良さが報酬のような自分と似た創作についての思いに頷いた。氏も若い頃は酒豪であったようだ。 出向けば先ず駅前の黒澤楽器に立ち寄る。以前は馴染みのスタッフさんが居て、ブルースハープまで図々しくも値引きして貰っていた。J-30も何度もリペアをお願いしていて、無理を云ったのである。今はHeadWayを前面にしているのではないか。運よく誰かしらの試奏を聴ければと思う。そして仲見世商店街をくぐり、アジフライに醤油を付けて貰う。ローソンで缶ビールを買いyoutubeにもあるDoveでのライブ会場に腰を下ろす。島村楽器にも寄るのだ。 路上は久しくである。陽が落ちる前にと午後の訪問、稀有な生ガールとお話しする機会も捨てがたい。ギターを抱え胡坐座から雑踏の風景が大分懐かしく散らつく。弦のスペアは用意せずにと思った。街中を闊歩する、余命幾ばくもない顔でと笑ってしまった。 新宿西口、上を向いて歩こうで喝采を浴びていた海外のジャズシンガーを尻目に、あれから35年何も変わっちゃいないと煙草を、それが恰好が良いふうに彼女に語り、洗濯物を畳む。今日は面白い一日になりそうである。 2025/02/02(日) 予報 ミニスキーやソリはプラスチック製で背面に蝋を塗り滑りやすくする、斜面に雪を盛ったジャンプ台を近場の神社に、校庭には小高い雪山がブルドーザーで毎年のように設置され、朝から長靴に留め滑走しながら通学もしたものである。ジャーマンスープレックスや電信柱からのダイブもし放題、中学の頃は雪原、寒空の下で授業の代わりに一斗缶の側面に鉈で空気穴を開け薪を焚べて豚汁、七輪でもつ焼等した思い出もある。今朝は電車に影響はなかったようだ。窓の外はただ、路面が濡れていただけであった。 節分、豆うまいと彼女、嫌っていた父親にここぞとばかり思い切り投げつけていたと笑う。自分は恒例の赤塚不二夫鬼の面、作業机に鎮座する面を豆に添えてツイートは見送り、ラムちゃんに扮したものの今年も相手にされなかったと云うママさんの嘆きが目に留まった。後、胡瓜桜でんぶ玉子焼き椎茸甘煮で恵方巻をと、だが巻き簾がない。代用のラップやクッキングシートでの巻き方と調べるうちに、なら散らし寿司と億劫になってしまった。 いつか彼女と雪国の温泉宿に、二人雪見酒等憧れてしまう。浴衣に羽織でお酌かと、熱燗でも飲りたくなる。上京して初めての冬三月も終わり、降雪の中通勤した。皆口々に「(此処は)東京かよ!」と苦笑していたのを思い出した。 2025/01/31(金) 奮立 水割りを薄くして、彼女がHi-SOFTに喜んでくれたのを思い熟考して良かったと今朝のスーパーは、芽キャベツと空豆が心残りであった。新玉ねぎと新しゃがいもも出回っている。今年の節分は2月2日だと昨日の内科、待合所のTVで知った。ただ画面を聞き流すのが新鮮であり楽であった。作り込んだCMにも興味が湧く。随分と時が経ったのではないか、だが、山田玲司氏のyoutubeに論理男はロンリー男と云うが、物事を整理して考える論理的に考える、そしてそれを言語化していくことをこの先しなければならないと云うのは皆感じている。法則・ルール通りに行うのはAIが優れている、これからは「君の価値って何?」と云われ続ける「バカでいいのか?」だろうアジテーションがあり、我々世代の責任も感じた。 寝室に向かう娘の後姿を見つめている。彼女が独り立ちしていくまでの人生に付き合うのだと思うと淋しさが薄れてくる。「バナナが補充されている…」訪看さんを見送り玄関のザルに気づいたヨメのもさもさと頬張る気配がして、ヨーグルトも買ってあるよとPCを眺めながら、このまま何気ない幸せのまま逝ける筈はとは、よぎるだけにしておいた。 二杯目で終わる。下校の賑わいが窓の外に、泉谷しげる氏の記事に空手の突きやシャドーボクシング、ライブを続けていくためには体を作るしかないとあった。彼は御年76である。熱くなるのはきっと、グラスが空くからである。 2025/01/30(木) 漬けた梅酒を空ける 身体の痛みが強くなっているヨメ、加えて食欲不振、今朝は右の頬を抑えている。ロキソニンで歯痛を散らし、内科に更年期障害症状緩和のプラセンタ注射の予約を入れていた。二月から占術の仕事をと意気込んでいるようであったが、緩やかでも再開できるのかどうか、干し芋を与え芋でいーもんに笑む余裕はあるようだ。 昨夜、配信仲間との通話で「この世に自分達が在る不思議」について問われ「孤独な何かが在ったのではないか」と応えた。彼は自分の創作物に関して若輩ながら物怖じすることなく評価、感想をくれる数少ないひとりである。健飯について世界各国を巡ってきたけれど、はっきりとした味付けが美味という中にあって日本料理の繊細さ、まごう事はないと毎日続けるのは体力のいることやでと話してくれた。 昼から飲ろうと、まな板の上に置いていた筈のトリスのボトルを探すが見当たらない。何度もヨメに問いただすが「知らない」の一点張りである。カラーボックスにあったシーフードヌードルの行方も「知らない」であったが、戸棚の隅に隠すようにあったのを見つけた。これからはトリスは先に隠さねばならない。 明日はヨメの訪問看護、自分は納豆と紅生姜、棒ラーメンが買い物メモに記してある。そして一月も終わっていくのだ。日曜日は首都圏も雪の予報らしい。また暑い夏か、と思った。 2025/01/23(木) 平静に夜 狂ってしまいたくなった。なまはげの面をかぶり叫び散らそうか、もう少しで「がわ」から抜けられそうだった。自身が宙に持ち上げられているような気がするのだ。今日もまた、食事とヘルパー以外は日中ほぼ寝て過ごした。さつま芋は蒸かした。この頃は甘味が欲しくなるのである。ヨメのミニカプリコやきなこもちチョコを横取りしている。昨日の干し芋も美味かった。次回の移動八百屋でも是非にである。 今は米を蒸らしている。既に玉ねぎピーマンしめじはカット済み、玉子塩コショウは出してある。夜はケチャップライス、以前「オム」を調べたことがあって「包む」という意味があるようだ。薄焼き玉子にはハートマークを記さねばならなかったところを失念していた。 煙草を切らしてコンビニに向かう。自動販売機のコーヒーの段が三箇所品切れであった。コンテンツ歌、勘違いであっても創作意欲は湧いてくるものである。以前の綾鷹は「姫の神様絶命の妖(あや)」を連想した。次いでは亀田の激辛ワサビの柿の種を選ぶ。カレーせんべいはムスッとしていたので見送った。 ヨメから今年のバレンタインはチョコではないと告げられた。口に入るものでもないらしい。これ以上詮索はしないほうが良い。だが、不二家のハート形チョコぐらいは欲しい。 2025/01/22(水) からっぽのまま 夕方も近づき日中滅入った気分が続く。見兼ねたヨメが勧めてくれたデパスを一錠、健飯も21時を回るまで、更に食事後も睡魔にで日記の更新作業も22日の朝になってしまった。まだ眠れそうである。これは何時か読んだ「馬をも倒す睡眠薬」に匹敵するのかもしれない。ヨメはこれを苛々や不眠時、稀に1シート服用したりしているのである。馬十二頭分であるし、朝方中々瞼が開かないでいるのも頷ける。自分もまた舟を漕ぎ始めていた。 既に17時、食事を用意して摂る以外は丸一日ほぼ寝ていたことになる。午後の移動八百屋には行けた。そして居間で一人布団に潜っていたのである、このまま筆を執っても仕方がない、ヨメの傍に行ってみることにした。暗がり、寝室への通路、TVケーブルが罠になっていて足を取られてしまった。 干し芋を分かち合おうと、だが食べ切った後だと空振り、今は彼女が眠たそうにしている。ヘアピンがピンクから黒に変わっているのに気づいたがそのままに、消灯「睡眠にも過眠期と不眠期?か波があるんだよね」とねこあつめ、続いて2をし始めたようだ。 夜の食事が終わり、また眠気がと、これからギターに触ってみようと思う。虚しくなるまい。ヨメの声がする…娘の風香が走り回っている。 2025/01/20(月) 遠出 ビールとイカにありついた昼時、ヨメに「手帳の受け取りは終わった」とLINEしようとGジャンを探ると一式の入った頭陀袋を紛失、スタッフに確認した後、待合室にて発見。カウンターに戻ってしばらく、タッチパネルに「注文中」とはあったものの二皿目のイカが通り過ぎてしまったのではないかと心配していた。申し訳なく画像を「大丈夫!私は今日はお鮨の気分じゃなくて、ケーキの気分だから」…心置きなく飲れる、某女子にも一杯の旨LINEをした。はま寿司の前に区役所まで時間があったので、箱根そばでもりそばにビールか日本酒と思ったのである。駅構内だからか、提供はしていないようであった。行きがけ「寿司どうするの?」と案じているようであった。 山野楽器に足を延ばした後、地下の縁(えにし)で焼き鳥、缶ビールとよぎった。スターバックス、帳面二冊に筆記体の英字を険しく眺める女子を横目に正面のベンチは、御年配の方々で犇(ひし)めいていた。外は大寒と云えど下に一枚、黒のハイネックセーターで丁度であった。Gジャンは腰に巻いたままである。帰路、苺大福を見つめた。\180であった。 明日は訪問看護とヘルパーである。燃えるゴミも出す。そういえば日中、蟻が湧いていた。検索して室内に置くだけとあったアリニゲールをヨメにどうかと打算した。外出をすれば筆も軽やかなものである。これでまた傾けられる。 2025/01/19(日) 明朝 作業机の左に蒲鉾の板が十枚程積んである。路上ライブや何かの折に書を施し、落款印を押して渡そうという、だが未だ一枚きり、後は蒲鉾の度に山となっていく。コンテンツsale.に出そうかと、正直「1. 手書き歌詞コード譜」は一件も依頼は無い、フォーム入力が調整中だからである。サーバーの移行でPHPプログラムの実行が可能となれば多忙の極み、最早、毎食が蒲鉾になるのは目に見えている。 どうにも不安定な昼の間は、串焼き屋にでも行こうかと思った。ヨメに現金を確認してもらうと気安くはいかなかったが、PayPayに幾らかチャージが残っている。しばらく目を閉じて某女子と…と耽る。来月の定例会でまた出費である、梅酒を飲って寝てしまうことにした。昨夜の電話「皆死にたいんだよ…」と話した友人と、友川かずき氏を思い出していた。「死にたいのは、皆死にたいんだぜ」検索すると「苦しいのは、皆苦しいんだぜ。淋しいのは、皆淋しいんだぜ…」「青春」というタイトルであった。 明日は何処に行こう…。今日も部屋に閉じこもったままである。痛くなってきた両腕の節々にアンメルツを塗って貰う。こうして年を重ねていく。歌、小説、口ばかりである。白飯にはつる太郎ばかりである。 2025/01/18(土) 古田(旧姓)マーキー クラッシックカラーリムパン&ケーキ皿、和食にも合わせられますと添えられている。妻がポイントで交換、以前から欠けた皿での食事の度に惨めな、情けない気持ちになっていたのだと云う。母親が結婚する際の両家の食事会で祖父も「うちのひろ子には欠けた茶碗でまま(ご飯)食べさせないでけろ」と懇願したらしい。自分は全く気にならない寧ろダメージデッシュである、恰好は良くないか?と思っていたくらいだ。だが流石に客人に差し出すのには抵抗があるのは分かる。妻が「ふんふふん♪」と上機嫌で食器棚にしまう。今朝の陽射しは外も暖かいように感じられた。 配信はたけし氏のナンバーを捩った「麻生区キッド」を、あの頃から現在に辿り着いてと、また若かりし日々等回想している。お世話になったライブハウス、江古田マーキーでは今も出演者を募集しているようである。ホームページではスタッフ募集ともあって心が動く。当時のステージの様子をコメントしてくれたスタッフさんは、あの可愛らしい子だったのだろうか。楽屋で出演ぎりぎりまで談笑し、帰りの駅ホームで偶然を装い飲みにでも誘おうと思っていたあの子である。来月はサヨナラ模様の伊藤敏博氏が出演されるようだ。ザ・ベストテンで国鉄マンの傍ら特急列車をバックに披露してくれた絵面が記憶に残っている。 …昼から傾けている。トリスを買いに行こうかと「今日は風が冷たい」かぐら氏からの報告、妻が「ついでにお菓子をいっぱい」と云うので、やめてしまった。 2025/01/17(金) 明日の前に 喜寿の誕生日の写真が届き、ふっくらとした頬に目尻も緩んで穏やかな母親のそんな笑顔に妻と、良かったと自分はやはり先には死ねないと思った。「後はちゃんと骨を拾ってやりーよ?」父親の傍に、だが後継ぎがなければ法事は誰がするというのだろう。入籍後の帰省で「お義父さん、報告が遅れました」と手を合わせた妻を思い出す。そんな彼女も現在はフレンドリーに「國ぴ」呼ばわりである。そして自分は今まで父親の法事に参加してきてはいない。旧家に世話になるわけにもいかないのである。これから世相も移り変わり墓に対する世間一般の在り方も変わっていくのだと思う。 配信は拓郎氏の「明日の前に」をカバー。アルバム「明日に向かって走れ」のラストナンバーである。ジャケットのギター、J-45サンバーストに憧れてという話はコンテンツ話題の「ギブソン」にも記したかと思う。妻に散髪を勧められているが、ヘアゴムが沢山であるし髪をまた結べるようにと思い始めている。今の時季、彼女が選んでくれた黒のハイネックセーターにGジャンで合わせたい。未だ洒落っ気のある爺さんなのである。 今日も結局区役所には行かず来週と、喫茶店に行ったかぐら氏の「外は風が冷たい」という一言と、昨夜ピザーラでテイクアウトをしはま寿司に行きづらいという、妻に秘め事にしていた理由を暴露して筆を置きたいと思う。 2025/01/16(木) 気軽に決心して 何かしらと、とにかく筆を進めてみるのは何時ものことであり、今朝も配信で話したが自分はもう56、清志郎さんは58で旅立っているし、らもさんも「50を過ぎたし、これからはもう本当のことしか書かない」と宣言して幾何かである。世の中は面白くないものだからとエンタメ等「自給自足」するのは自分もそうであるし、だから先行きは無いものとしてやりたいと思った創作は臆することなく発表もしていこうと思う訳で。 昨今、障害を抱えた御子息、息女の話を多々聞く。首都圏ではあるが現在は何処を探してもグループホームの空きは逼迫していて高齢の方の存命も長らく、その他様々な理由で医療機関に入院したきりの方も少なくはない。尊厳死の選択も可笑しくはない話だと思うが介護職については、AIによる機械化、海外の方を受け入れてハーフの方々にでは国内の方にもより愛情が湧きやすいかどうか、そして交配は遺伝子が遠いほどと云うのは実(まこと)しやかな話なのであろうか。思惑は続く。 日中、またヨメの右手を拝借する。安らぎ、あたたかく、人生、ゴールも近いだろうと、自分だけがこのまま幸せすぎるままテープを切るなんて残された方々に申し訳なさすぎる、恵まれている、自分は本当に恵まれていると、今日は何時にも益して痛感していた。だが、そう思っているうちは中々死なせて貰えないのであろうと、気を取り直している。…自分は創作をしていく。今日も書きたいことは書けた気がする。 2025/01/15(水) 金蔓 物価高について、対応は区によっても異なるようである。H.P.や健飯もまた閲覧して貰い福祉からの訪問は足早に、4月からは担当が入代わる可能性が高いようだ。14日に自治体の令和6年度物価高騰対策給付金のページが更新されている。支給対象世帯とはなりそうで、米の買い置きでもできれば申し分ない。 昼下がりは移動八百屋である。和歌山の有田みかんを妻と、一昔前は引越し用の段ボール一箱で千円前後であったものだ。自転車の荷台に括り雪道を使いに行っていた。ふと、中学時代の柔道部で寝技をかけられた佐々木君の足の裏を思い出す。部員達に「みかんの食いすぎ」と笑われていたのである。 夕方にはトリスの水割りを傍らに配信、弾き語りは何時ものように拓郎氏、長渕氏である。オリジナルの国道沿いでに閲覧は0人、女子とのコラボで、どろろん閻魔くんをリクエストすると次は一休さんだったのだが、回線の不具合なのか配信終了になってしまったのには残念であった。 夜の食事が終わり、携帯に映る自分を見ると少し痩せたように思えた。ペットボトルのミルクティー等から無糖のルイボスティーに変えたからか、妻も頷いている。今週中に区役所に出向く予定でいる。彼女の障害者手帳更新の手続きが終わり、代理で受け取りに行く。それはついでで頭の中ははま寿司でイカとビールなのだが。 2025/01/14(火) 日記らしく 「訪看さんのこと書くかもしれないよ」「えー、それはチェックしなきゃ」「嬉しい?内容によるか」「ですねー」今日は、彼が鮮魚店で働いていて好きな魚、フグ等高級魚も食べ放題だったのだけれども、辞めても全く?か食べなくなったという話から「健さん、魚下ろすことできます?」「うちの包丁はあまり切れないからね、烏賊ぐらいだったら下してるけど」「切れ味の良い方が危くないとよく聞くね」「うちのお父さん研ぎ石で良く研いでたよ。料理の上手い人はすんなり切れるから、そうなんじゃない」とヨメ。昔は駅前のスーパーにも研ぎ屋が月一くらいで来ていたそうだ。訪看さんも自炊はしているらしい。健飯も閲覧して貰っていて、ビタミンBは植物性より動物性の方が身体への吸収が早い等、アドバイスをいただいたり得るところも多い30分である。 寝室から「んー、いい匂いがするねー」とヘルパーさんの声がする。もつ煮が出来上がってお椀に装っていた。ヨメが玉子も食べるし全くのヴィーガンではなくてと話をしている。「彼女も屠殺の動画を見てるからね。自分はジャングル大帝でも食えなくなったよ。でもそんな記憶も薄れていく…」「食べていく?」訪看さん、後、ヘルパーさんも何時ものように規則であるから遠慮である。 書き終えるかと、バドワイザーを飲る。明朝は福祉からの訪問である。世間の空気感を気に等してまとまらない楽曲に、思い切り自分の世界に浸りきって創作をしてみるのはどうか…。その前に「しらす レシピ」で検索である。 2025/01/13(月) 何時もの話 そうだね、自分の時は杉本彩かな、成人式ね来るって。自分は行かなかったけど。家でギター弾いてたかな。そうそう公民館での同級生の写真は見たよ。やたら女子の唇が赤いのが印象にあるな。弘前モータースクールの封筒に入れて友人が又貸しして送ってくれたんだよな。そのままそれに入れて返したら受けたよ。あの娘ね、あの娘。いつか配信で亡くなったってコメントあったな。冗談だとは思ってるけど。確かFaceBookで友達申請してたんじゃないかな。 ヨメ、成人式行きたかったんだって。そうだよな晴れ着着たいよな。で、振袖でボーリングだろ?ラーメン食ったりして。あれだ、会社で成人式あったよ。カラオケスタイルで挨拶か、とか、でも「社長、今日は長く居てくれてる…」て声が聞こえてきて、こっちの髪の短いのが角掛で、髪の長いのが石澤か…て撫でてくれたんだよね。人事からは「二十歳になったのだから、酒タバコは止めるように」とスピーチがあったな。 当時の弾き語りの動画あるんだよな。平成イカすバンド天国に応募するためにね。VHSで撮ってあるけど、デッキがない、後、どのテープか確認しないと業者にも頼めない。今、ダビングの依頼が増えているとYouTubeであったな。自分たちの世代は何か行事は皆それにだからね。…そうだな。二十歳になったって、なーんも変わんないな。が、成人式の記憶だったかな。 2025/01/12(日) 気分屋 「はっかめてすいません」はっかめるとは興奮するという意であり、先日、存分に捲し立てて小学からの幼馴染に郷里の言葉を浴びせてしまい、我に返って謝罪するに至った。何気なく最近酒はすぐ「はばげる」と云うと、40年ぶりに聞く単語と大いに受けてくれ、他でも話す機会はあるが可愛いものでやはりレベルが違うと褒めて貰い再び過熱、店内はそんな忍びか宇宙人かの会話に耳を欹(そばだ)てているふうではなかったか。そう得意気になってしまうところが気質である「もつけ(お調子者)」なのだと思う。あの頃のままな気がした。再会後、これから畑にいくような風貌の印象も徐々に払拭され、面持ちさえもう青年に見えてくる。昨日またLINEを交わした。お互い帰る場所は此処なのであり、どちらからともなく一杯という話はそう遠くはないように思えた。 母親が自分の二重を元の一重に戻せと見たくないと云っていたのを思い出す。諦めたのだろう、自分の息子とはもう暮らせない、父親の写真は二人の祝言以外は全て捨てるような彼女である。24で先立たれ40で出て行かれ独り、そんな女、だから尊敬と感謝しかないのである。そう云う自分の罪を責め続けて、彼女は喜ぶのだろうか。 気配を察知してか、今日も妻が淹れたてのコーヒーを差し出す。閑散期、施設を訪ねる気になっている。林檎の咲く、彼女は寿司と梅の香巻に目がない。 2025/01/11(土) 更地で今後また さて、H.P.更新も全くにして、ただ健飯と健飯外伝だけは日々、配信では「ブログ書けよ!」と叱責を受け、だからといって酒を舐め続けている訳でもなく、今日は仕事と云うものは拵えて銭カネにするのではないか「記すことがない」とは何事かと、こうして妻にコーヒーを淹れさせて優雅に松の内も明けていく、町内では恒例のどんど焼きであろうか、君が代が聞こえていたのは自分達の結婚記念日であり祝日だからである。年頭から筆が滑り始めている。読み返す度に脱力していくのは良い加減なのかもしれない。 以前、古くからあるレンタル掲示板で馴染みのTeaCupにて随分と記させて貰った。自分はNihon Ookami Kamuiや石澤健でもGoogle検索はしていて、そこに当時Natuが記してくれた分がHit、面白いからと実はLINEでまた代筆をお願いしていたのであるが、彼女は今、蕁麻疹と格闘しているらしくそうそう付き合わせてもいられない。昨日、コーヒーにさきいかで妻の診察待ちをする自分を笑ってはくれた。それでも年末から既読に返信が増えている、そういえば最近女子の配信者から告白もされていて2025年、女運は幸先が良いではないか。何れ… 今日は結婚記念日である。 こうして自分が女子受けするかのように記しているが、これは紛れもない事実であって、やはり自分はイケジイなのである。自信を持って鼻高々と、今年のバレンタインを楽しみにしていれば良いのである。昨年は5回郵便受けを確認した。 |