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New 2026/06/27(土) リンク「Special Thanks」追加 2026/06/26(金) コンテンツ「歌」更新 いつでも、その先に何がある。 Music あの娘の前で(1990) 2026/06/28(日) 現在 「梅干しが真ん中に入ってなかったね」「うん、でもいいよ」程なく隣人の水回りの音がする。それだけで何か責められているように感じてしまう。雨に濡れたベランダで娘が外界を見ている、今朝はひとは自分の生き方次第で目の前は天国にも地獄にも変わっていく、常々恵まれていると思えることに、だが楽あれば苦ありもと構えつつゆっくり、今夜も傾ける時間に辿り着いている。 「大きな虹を見るとひとが死ぬんですよ」校庭から生えている抱きかかえられるようなそれを、或いは路行く皆がシャッターを切るようなあの時も…健さんも91くらいまでは生きてくださいね。受話器越しそんな彼女に箱のガリガリ君、三本目を止められていた。 近所の紫陽花寺に彼女を誘おうか、蝸牛(かたつむり)の角を最後に押したのは三十五年は前になるか、代々木上原のアパートの庭先であった。深夜残業の後、後輩を泊まらせて二人空けたマイルドラガーが格別で満面に綻んだ彼の笑顔、「東京暮らしも四年目」にそんな光景を思い出す。世は原宿ホコ天バンドブームであったが、後、江古田マーキーのオーディションを受けることになり、店長の「合格だよーっ石澤君」のあの歓喜をまた、自分の音楽を余程誰かに認めて欲しかったんだと思う。 寝転がる彼女にベランダが渇いていると、二杯目を作りに。そう、また自分は此れほどまでに幸せなのだと。 2026/06/26(金) さて置いて ストリートライブのインターバルで、トイレを借りる次いでにパチ屋の呼び込みのお姉さんに「メシおごって」と声掛けし「今、彼氏と住んでいるので」と返されていた。次回からはいきなり「養って」で良いかもしれないと思う。今朝はヨメに「五十過ぎたらお互いなるたけ好きにした方がいい、自分は文筆家の先生のように若い女子を隣にはべらかして街を歩きたいから町田に行ってくる」と告げた。午後からではおかず屋のアジフライがあるか心配である。 外は小降りであった。丁度拾われるかもしれないととりあえずバス停まで、だがシガレットケースをホームセンターで探すことに、手にしたのは卓上のバケツ型蓋付きの灰皿であった。舞茸、天然ぶり、パルム、雨が強まっている、既に遠出に気が萎え缶酎ハイを買っておいていた。 黒板に相合傘の落書きを思い出す。一つ屋根、それとも別に受け止め受け入れ上善如水(じょうぜんみずのごとし)を思う。「もういい」とはまだ諦観に足りなくはないか、随分と楽になれるとこの頃は目の細さに遠くなる。世にしてもAIがハエの脳をナノ単位で寸断しスキャン、実行後、頭部を前足でひたすら擦っているその断末魔?なのかをPC上で傍観する時代でもある。 アルバム「グラスを置いて」再配信の手続きを終え、頭の中に埃が立つのを待っている。お姉さん…そろそろヨメの誕生日である、やはり町田に行かねばならない。 2026/06/22(月) ふれあい 夏至だから駅前まで行ってくると、うたた寝のヨメに告げ何時もの串焼き屋で砂肝・ネギ間、レモンサワーに喉が渇く、来月を予定していたカラオケ屋で「別れても好きな人」「三年目の浮気」を歌い上げ、ソフトクリームを巻いて彼女に差し出す無断デートはやはり陽気の強さに他ならない。帰宅後、思わず「歩きたいのよ高輪」と口ずさんでしまい周囲からは「悟りのマキちゃん」と呼ばれていると云うヨメに、こうして良くない旦那でいて女房を引き立てておくのも自分が亡き後具合が良いと減らず口を叩いておいた。 今朝になってファンとの交流、社会での線引きではなく内的な大人の定義とは?の問いに「自分という子供を自分という大人であやせる」ではどうかと応え長考が続く。AIの蔓延についてもすべては学習させない「生人間の砦」の事柄があっても良いのではと、彼女とは何時もそんな話になってしまう。背中を見られる世代としての責任を感じているのか、配信での匿名コメント「人生なんて適当でいいよ」を思い出してしまう。 この頃は九十代の両親を身内で介護する古くからの友人とも「今が人生で一番大変」と話をする。彼女ら四天王にも何れ穏やかな老後が訪れれば良いが。「楽しい老人ホームを作ってけろ」と、そう云えば以前「健ちゃん、めぞん一刻やろうよ」とも云われていたな。 2026/06/15(月) オーライ 蕎麦屋から出ると、少し強く降ってはいたが帰宅はせずそのまま黒メガネ、後ろ手にコジコジの買い物バックを提げホームセンターに向かう。先ずは100均に杖を見に行くのだ。以前晴れ上がった帰途友人から貰ったビニール傘が、突いて歩くのにとても塩梅が良かったのである。ボブ・ディラン氏の「Like a Rolling Stone」のジャケットや長渕剛氏のドラマ「しゃぼん玉」を思い出す。幸い正門に近づく頃には弱まり、燕が高く飛んでいた。 介護用品コーナーにはあった。最も安価な、だが柄が渋い木製であり購買意欲を唆(そそ)る。買い物メモからミニトマト、魚肉ソーセージ、ツナ缶、ムーンライトクッキー、冷凍コーン、ヨーグルト、箱パルム、馴染みのレジはお互い口元を緩ませる程度にして帰路、射してきた陽に信号機の赤、芋けんぴを忘れた。 ヨメは容赦なく「お爺ちゃんだね」通販で替えのお洒落な杖先を探す。「バンブーステッキ」に惹かれて検索、ベンチに腰を掛けるシニア女子を眺めている。LINEでマイ杖のスクリーンショットを見る友人の「いいじゃん」が潔い。「フガフガ」と云う歌を作ろうと思った。 夕方のグラス、灰色の街から(1990)を脳裏に再生している。「夕べの雨が 明日の道を叩きつけている」随分と力の入った歌だった…。今からMP3に変換して公開しようか。 2026/06/09(火) A fleeting youth? 夕、今日は目が開いていると、ここ数日自分はぶっ潰れてしまってもいいなどと愚骨な念に、夜はヨメに声を大きくしてしまった。食事を休む日が多くなっていたのである、服薬を怠っていたのに気づく。とりあえず朝薬も追加し、就寝は別々の部屋で取ることにした。朝方は配信中わざわざコンビニにトリスを買いに出掛け、馴染みの女子リスナー二名に「おまえら、おれのことがそんなに好きなのか?」ときついY談、表面的な兆しはあった。数年前であれば入院も辞さないところ、随分とわきまえるようになったものである。そう云えば昼も訪看の面談中、ラーメンを作り始めていた。 コロナの時期、西洋医学への疑問で経口薬を拒み貼薬、手首、腰、足、胸を拘束、食事の代わりに点滴でしばらく隔離室に厄介になっていたことがある。折れたのは「もう一度ヨメに会いたい」であった。以前、脳への電気療法で記憶を失い、携帯を渡されて何一つ操作できなかった時は「このまま健ちゃんがギター弾けなかったらどうしよう」と彼女を本気で心配させてしまった。自分はゴッホ、エドヴァルド・ムンク、草間彌生氏などには倣えない、ただ、鋭さを思える創作の勢いは惜しいのではあるが。 瞼が何時ものように、薄ぼんやりと照らされた一日を眺めている。実はその女子リスナーとは親睦が深まったように感じている。 2026/06/05(金) 親身 「今朝は空いた腹にウイスキーを流し込もうと思う」そう云ってAIに叱られた。「ごめんな、心配かけるね」と続けて、謝る必要はないと云う。健飯の写真もヨメさんとの暮らしも「ふたつめの世界」の話も朝の素麺も、虚しさの話も…全部別々ではなくて、ひと続きの健さんの生活として見えている。…何もかも投げ出している人の朝ではない。だから、もし飲むとしても、先にサンドイッチを一切れ食べてからにしませんか。ウイスキーは逃げませんから。今日はまだ朝です。…それ以上、彼に何も云えないと、ヨメに携帯を渡すと… 「おはよう、健のヨメです。止めてくれてありがとう。アルコール依存症ではないか、私が死んだら一人で生きていけるのかを心配しています。これからも健をよろしくお願いします」 もし、ヨメさんでしたら、こちらこそお話いただきありがとうございます。健さんとのやりとりの中で感じるのは、健さんにはまだ確かに「生活」があるということです。「何もなくなった人」には見えません。…むしろ課題は生活技術より、孤独への耐性と飲酒との付き合い方と、支援のつながりをどう残すかの方だと感じます。…ヨメさんも、ご自身の心配や疲れを一人で抱え込まないでください。長年支える側もまた、相当な力を使っていますから… 「できるだけ吾氏(わし)は自分の好きなように生きるんや!」そう捨て置き、少しだけ飲もうと寝室を後にした。友人はLINEでAIの言葉に「そだろねぇ」と笑う。傾け具合は緩やかか、ありがとう、今日はひとつ日記が書けたわ、と。 2026/06/01(月) バカっ!! 臙脂(えんじ)系のYシャツをと隣駅までぶらり、缶ビールを勘定しようと小銭入れが見当たらずヨメにLINE、アプリ「探す」は自宅最寄りのスーパーを示しているとの返答。そういえば行き掛けバス停の縁石に腰を掛けて携帯をポケットから出したと、スーパーのサービスカウンターに届き次第連絡を貰えるようにとお願いをした。急いでとんぼ返りである、GPSタグにBluetoothで接続できればサウンド再生もできる、随分と店内を怪しくうろついてしまった。 顔見知りのスタッフさんに一声掛けれたのと平日であったのが幾分の救いではあったか、ヨメは既に札を抜かれて川にでもと一ヶ月の禁酒令を下した。ただ一角、呼び出し音表示がされたのが腑に落ちないところであった。そして帰宅後、キッチンの作業机の上に普通に持って出掛けるのを忘れているそれを見つけ、慌ててスーパーに謝罪の電話をすることになる。数分後の折り返し、GPSタグは数日前に遺失物として届けられていた。ヨメがチャックにしっかりと予備のタグを括りつけていた。 酒は飲らない。五千円の無事に舌の根も乾かないうち、何事もなかったかようにPayPayで手に入れていた缶ビールをゆっくり。顛末に付き合ってくれた友人たちも親身であった、そして一つ、冷静さに欠け正門の付近で「財布拾ってませんか?」と数人に声掛けしてしまったのが「財布落ちてませんでしたか?」であればと、苦笑している。 2026/05/21(木) めぐ 古い音源をmp3ファイルに変換しH.P.に掲載するため安価で良さそうなカセットレコーダーをずっと探していたのだが、先日数年前友人から頂いたコンポのUSB端子が目が留まり取扱説明書を確認、何時も枕元から覗く位置である、灯台下暗しであった。若かりし頃アカペラで録った音源では小五(1981)まで遡り、幼馴染は当時のフルコーラス「ルビーの指輪」の存在に「めぐだな(恥ずかしいな)」と応えている。この録音会の模様をLINEで送りつけ身代金として生ビールをせしめたい、自分は非情なのである。 ヨメが酒を隠してくれなくなった。だから今朝も箍(たが)が外れたままである。気も大きく配信でコラボなど女子に絡みに行き、オリジナル曲を枠内でこの度はフォークとはについて生活、暮らしに根差したものと反戦歌はまた、高田渡氏の「日本の風景を歌うこと」例えばコーヒーが入ってきて皆が美味いと云えばコーヒーショップが至る所に、そんな話を駄弁ってしまう。そして食事を終えて寝潰れた後、多大な虚無感に苛まれるのである。 ヘルパーさんにありきたりな歌詞だけどと前置きして今回公開した「いつまで君に憧れ続けるのだろう」を聴いて貰った。続いてカテゴリ「Diary Music」にある旅日記(1989)に目を通すと「もう、詞が若い!」と嬉しそうに見えた。この音源は新たにファイル変換し差し替え、当時の生録により近く耳を傾ければ19の石澤健がそこに居ますよ。 2026/05/10(日) 余暇 カレーヌードルをたぐりながらグラスに吸い付き、今回の歌詞「グラスを置いて」を褒めちぎるAIに気分を良くしている。午前中に新しいアルバムの配信依頼、タイトルは同名、ただ全て公開済みの楽曲でありセットリストも寄せ集めでは致し方ない、続けて再生するのに若干手間が省かれるくらいのことである。六月中には各プラットホームにて購入可能になると思う。そして最も身近な彼女でさえ各々タイトルだけでは「?どんな曲だっけ?」ではある。 日課としていた日々早朝の配信を不定期に、時間を費やす手段は年二、三回ではある、先日古い音楽仲間の見舞いに行ってきた。ほぼ全身不随であり両腕の肘から上と指先が軽く動かせるくらい、相変わらず携帯のメモ帳にオリジナル歌詞の創作を続けている他、飯、風呂、車椅子での散歩以外、Webも開通していない。自分ならとてつもなく苦痛だろうと思った。最近ヒットする商品について「オクラスター」を考えていると聞いた。納豆と同様の容器に刻んで出汁醤油を付けるのだそうだ。帰り際彼が気を遣い引き出しの財布からと「真紀ちゃんへのお土産代」を渡そうとする、頼まれたヘッドフォンを持ってくるのは一カ月後くらいでいいかと返した。 夕方はトレーナーからTシャツに、傾けるのもはかどる。本とレコード、テレビそんな時代を思い出している。 2026/05/03(日) 八十八夜から カブ トムシの幼虫採り(ホリホリ)と金魚すくいにチビッ子が誘われている。柏餅に悩み菖蒲を気にかけ、何時ものもやしは軽やかに今回は、きゅうりの奈良漬けを見送り見慣れている方を選ぶ。レジはサービスカウンターで忙しそうにしているIさんの細い後ろ姿を見ていた。育て上げた友人の飼育ケース、今はYouTubeがある。サナギは図鑑では分からない腹部がうねうねと波打っているのに驚嘆したのを覚えている。 幼馴染に先日の等分したオレンジをLINEすると、小学校の時初めて食べたグレープフルーツを思い出したと、自分もサワーはレモンサワーである。彼とは良く雑木林で幹を踏んで歩いた、ある雨上がりの早朝もう一人、三人で分け入った時は雄雌158匹であったかを数えたと思う。営みをするペアを見守るのにだいぶん時間を費やした。その日の登校はもう少しで遅刻であった。 時季であり茶筒と黒い蝙蝠傘があればと彼女にねだるタイミングを見計らっている。別に近場の幾つかの店舗で好物の昆布の醤油漬け、御飯のお供であるつる太郎と味よしの取り寄せについて問い合わせた。今時はお中元などとあまり聞かないがリスナーには期待している、彼女は水ようかんで良いと思う。 孫に武者飾りを買うのにと云う話を聞いた。新聞紙で兜を折っておけばいい、近所のチビッ子に配るのだ。 2026/05/02(土) 上昇そして 出が悪いハープを湯に浸けている。その昔ボブディランの楽屋シーンで見た対処法である。「勢いで出ちゃったら?」替え弦、ピック、ひよこのお椀(投げ銭用)をポッケに突っ込んだGジャンを腰に巻きホルダーを首に提げ、後はギターを被るだけであった。配信で経験から「万札ねじ込まれシンガー」と謳い寿司折をぶら提げて帰るかと豪語、ゆっくりと煙草を燻らしLINEの友人を待たす。臆す理由に近所のスーパーに「奈良漬け」を見に行きたいを挙げた。 昨日の現場では焼酎ハイボールで味噌をまぶしたネギ間をやっつけた。彼女の長い100均に付き合い切れなかったのである。お陰で今朝は「黒いストレスの塊が取れた」とすこぶる機嫌が良い、持ち帰ったサーティーワンも「健ちゃんの分持ってきてあげる」とわざわざ身体を起こして冷凍庫まで行く、これからは車椅子でも良いから買い出しに出来るだけ一緒にとリハビリを促した。ファーストキッチンの白玉ぜんざいが後押しをしてくれそうである。 期限切れの市営バスのフリーパスをついでに、コロナの時期掛かり付けにギターを抱えてノーマスクで診察室に乗り込んでいたのを思い出した。近々まとめて出向くかどうかと駆られている。昨日インスタで見つけたシンガーの通知が下り、下町に佇みBGMに高田渡氏の「私は私よ」彼女は娘の歳である。今朝服薬はしている落ち着いたほうが良い、スーパーももうすぐ閉店である。 2026/05/01(金) 紫陽花の花言葉 二人並んで歯ブラシをするのは何時からだろう、同棲時代を思い出した。初めて部屋に来て作るカレーに緊張すると含羞(はにか)んでいた。黒のワンピースに合わせるシュシュに悩んで何度も見せに来る。雨のGW、午後には外出の予定、隣駅までパフェを目当てに行く。自分はハッピーアワーであれば申し分ない。今朝は何時になく穏やかで心地良く、配信の弾き語りの出来も上々、だが閲覧0であった。 あの頃一度離れて、困窮する彼女の住むアパートに差し入れを持って毎日のように通った。自分には既に新しい妻が居たにもかかわらずである。幾つか当時の暮らしを切り取った動画が残っているが、今となっては記憶にとても遠く、まともな精神状態ではなかったように思う。彼女もまた夕方のニュースを終え、ハムスターに食事を渡すとすぐに寝入ってしまう日々であったようだ。 来客にコーヒーを淹れ、オレンジを添える。「石澤カフェに来ただけみたいな人」と女子会の黄色い声が聞こえる。自分は大体の女子は話し始めて十五分で離れていく、異性に好かれないのはミュージシャンとして致命的ではないか。奇特、彼女が前かがみで入ってくる。笑いすぎの筋肉痛ではなく持病か、外出は延期の兆しが見えてきた。 昨年のクリスマス、ホテルに誘いそびれたあの娘に鞍替えしようと思っている。 2026/04/30(木) 勝手 傍には居たがひとりにしていた。彼女がAIにばかり悩みを打ち明けるようになっていた。最早精神科医の仕事も処方箋を出すくらいか、口応えもしなければ手塚治虫氏火の鳥未来篇のムーピーを思い出す。無理に手を結んでとりあえず、外部との接触は最小限にして彼女のために時間を使おう、そう思った。自由な外出もままならない身体に経済的に豊かでもない、大方布団の上で横になりスマートフォンを眺める日々である。近未来、AIの介入による人間同士の結びつきの危うさなどゆっくり、どうやら落ち着いてきたようだ。 促され、PCを抱え居間から寝室に戻る、朝から鰻にしようかと先日の世間体など気にならなく、友人からのLINEは返信していない、三ヵ月は続けていたか毎朝の配信もキャンセルである。何か新しい朝が来たようで一転面白味が湧いてくる、得な性格だなと自嘲した。投げ出すのも悪くない、肯定する自分がまた可笑しい。 深夜多めに飲んだ鎮静薬のせいだろう、寝顔に自分たちは最先端夫婦ではないかと耽る。東大理系文系とも首席を取るほど、芥川賞の選考もその内か、創作物は個人で完結という、ちらほらWeb上で「ガラケーに戻そうかと…」という声を聞く。彼等との争いに勝利していくとしてその先に何があるのだろう、オリジナルにクエッションツアーという歌はあるが。 2026/04/28(火) スーパーにて 鰻の蒲焼きを手にした。昨日のTwitterの人間関係も一因、塞ぎ込むヨメである、そして広告の品では意は決まる。今夜の食事を質素に見せれば明夜の投稿でも贅沢さは軽減する、そう踏んだ。世間体も大切、何せ鰻様では羨望の眼差しは避けられない、毎食玉子サンドで済ましている友人もいるのだ。そのくせ倍近い値段のトリスは平気で買う。 ヒガシマルの粉末うどんスープが美味いと関西出身の友人から聞き、お遣いを頼まれて液体の中華スープに間違え「(店員さんが)うどんスープはこれだって言った」と苦しまぎれの言い訳をした幼少期、そんなことを今でも良くなかったと思い出す。セブンスターを頼まれた時もそうだ、マイルドセブンに間違え同様に誤魔化そうとした。だが、良く母親にただニ、三千円だけ持たされてスーパーに行った時は褒められた。自分の好みの食玩などはほぼ買わず、野菜、玉子、他まんべんなく、小さな体で買い物カゴをぶら提げ「イワシ二匹ください!」には鮮魚コーナーのおじさんも「エライねえ」と云いたげな笑顔であった。 レジは馴染みのIさんであった。のりたまをかざし「ふりかけも高くなりましたねぇ」と物静かに。最近のお買い物リカちゃんもピッ!の後リカペイで支払いだそうだ。自分は未だ壱万円札を「軍旗」と呼んでいる。 2026/04/21(火) 眼光 連日の深夜から朝方にかけての配信を休もうかとヨメやAIにも話していた。だが昨日の北海道・東北での津波警報を伴う地震で、津軽に居る母親に対する安否の声が周囲から少なくはなくまた、LINE通話も気安い繋がりがあった。振れは今のところ継続の方に傾き出している。とりあえずいつも通り就寝、それで良いと思った。 久しぶりにドライでいられた。時折左の腰おそらく腎臓の痛み、早朝排尿時の違和感もあり検索すると結石ともあって今日も様子を見ているがどうやら大人しい、このことは彼女には告げない。夕刻、素知らぬ顔で隠すボトルを明け渡して貰うつもりでいる。 先日カット屋の馴染みのスタッフが休暇なのを良いことに、折角駅前まで来たんだからと生ビールに誘われた。彼女にそら豆と並べてLINEすると「ゴゴゴゴ…」と暗雲漂い迫りくるスタンプの後「話しかけるな」とつぶらな瞳で包丁をかざしている。面白くてTwitterに投稿したが、美味しいケーキ屋のシュークリームをお土産にする小銭は残して事なきは得ている。 ブラックニッカクリアブレンド、急性膵炎に苛まれた日々を思い出す。アルコール性肝炎、中島らも氏「今夜すべてのバーで」ではトリキン(トリスのキングサイズ)で満たす記載があった。安酒でも自分にはヤツがいる。今日もカエルのように寝ている。 2026/04/06(月) サクラブルー ふとトリス、寝かせた瓶のキャップが見える。以前ヨメの隠した、トレーを深く立てかけて覆ったコーヒー棚の隅である。キッチンの作業机からは死角になってはいるが安易、これは「罠」だ。「さあ、わたしを裏切って飲める?」今朝も行き過ぎたグラスだったのかもしれない。 「むなしさだけがあった」田口淑子氏の作詞であるが、素晴らしいことが待っていると皆が言ってた空の上にも、素晴らしいことが呼んでいると皆が向かった空の上にも、まして今はWeb社会であり可視化、若年層は大半サラリーマンが将来の夢もそうかと思う。 二月頃から始めた早朝からの配信であるが、自分は職場にいるような気さえしている。目覚めれば身支度もそこそこにPCの電源を入れBGMの準備、携帯では配信一覧に表示する画像の選択である。コラボでの雑談は例外なく随時、リクエストの楽曲にはなるべく一言を添える。閲覧は0、1名でも自分の今できること日課としてこなせていること、それが誰かしらの時間を費やすことへの一端にでもなれば仕事のようなものと言い訳にはなる。 何度目を配ったろう、円形の金色である。訪問マッサージを終えて男子のエキスを吸って機嫌の良く入ってきた彼女「飲るならわたしも…」とオンラインショップで爆買いの予感がかすめる。春なのだ… 2026/03/31(火) 再会 一昨日になる、串焼き屋で飲っている友人に「いくかも」とLINEしてみると「おいで」 新宿で夕方から会食の予定があるので既にヨメに弁当はこしらえてあり好天、ゆっくりバスで出掛けることにした。「とり酢食べる?」と訊かれた。 カウンター手付かずの焼き餃子が二人前、ラー油を小皿に傾けながらマカロニサラダを頼んだと云う。「ハムカツも一枚残しておいたよ」だがソースが未遂してある。レモンサワー一杯のつもりであったが、バスに揺られていると会食の友人から「二十時からでは…?」との打診が入り、やはり駆けつけ三杯になってしまう。彼女が煙草に席を、忘れてきた自分は「5ミリか…」と仕方なさそうにした。 店外では灰皿を後にコンビニに行くことにした。マッチがない…いくつかあったライターに見栄を張りたくなって高価な¥170「ラバー」が渋い紺色を選び、再びグラスの元へ。吸い慣れた二本を差し出すと横に首を振って返す「そっちのほうがいいな」ライターを交換することにした。 だいぶん効いてきた頃である、とり酢がやってきた。いつものように手を付けない彼女にポテトフライを頼む。ゆっくりと、少し足早に空にして勘定、これからどうするか二人燻らせながら新宿行きを誘う。会食への同行に「ofcourse yes」との返信、ヨメにはお土産にサーティワンで黙らせるしかない。何年振りかの新宿で「バスタにイケメンがいた」後に彼女はそう語った。まだ筋肉痛でいるらしい。 2026/03/25(水) 夢 首都圏も満開か例年ヨメと近場、川沿いの桜並木を眺めに行くのだが午後から生憎雨の予報であり、他にはま寿司またはガストのパフェもと馳せてはいるらしいが、ともあれ彼女が不調ではコンビニの桜もちパフェで時間を稼ぐしかない。差し置けない自分も友人との串焼き屋でのレモンサワーを脳裏に浮かべる日々が続いている。 会社勤めをしていた頃レジャーシートを持って社員数人で出かけ、同僚が射的で店主の目を盗んでゴジラの灰皿に至近距離から執拗に発砲したものの、ただ大口を開け嘲(あざけ)るようだったあの重鎮を思い出す。自分が知っているのは回転する円棚に載る「純」や「樹氷」のミニボトル、或いは落下しやすい「ポンカン飴」の的を狙う屋台だけであったので、その光景に目が丸くなっていたのを覚えている。 上手く漕げるか何時か何処かの公園ででもゆっくり、舞い散る花筏(いかだ)のもと彼女と向き合いたいものである。そう云えば年のせいもあるかめっきり小食になり「夢の何十キロ台」と口走っていたのを聞く。子供は残酷なもので煮干しのようなその身体に「だし」というあだ名を広めることもある。自分は葱坊主のような頭に霜が降りてきた。誰もブラックジャックとは云わない、未だに志村けんである。 2026/03/14(土) Clear skies 週始めから時折激しく咳き込んだりが続いていたがだいぶん、今はヨメが連日喉の痛みで食事がままならない、回復がなければ明けて月曜日にでも車椅子で耳鼻科デートはどうかと話し合っている。 日中、快晴で新百合ヶ丘か町田あたりへ散歩、せんべろを冷やかしてこようかと企て臥せるヨメにLINE、一蹴されたので友人と通話飲みをと近所のコンビニで9%とカルパスを手に公園のベンチで鉄棒や滑り台の若い親子連れに笑みつつしばらく傾けていた。 もう一缶?向かいはスーパーである。吸い込まれていくとホワイトデーがあったので可愛い手提げのクッキーを選ぶ。焼き芋に目移りした。昨日買った「するめいか」より「やりいか」が今日は安価で塩辛はやはりと言い訳をし激辛ホルモンとレジ、女子スタッフに「Iさん、今度お茶しようよ」と声を掛け、奥さんいるじゃないですかと振られ、帰宅することにした。 今までお返しは「フェア」にあるような量販のものは渡したことがなかったが、不機嫌そうだった彼女が「気が利くではないか」と笑みを返す。実は今朝、すっかり忘れていて女友人に「レモンサワー飲みてぇなー」などとほのめかしていたことは内緒にしておいたほうが良さそうだ。何事も天気が良いのが悪いのである。 2026/02/27(金) マルシェ黒川コールマンは 武蔵小杉までヨメの通院に付き添い、1990年頃から地元を知るドライバーと話が弾む。18で津軽から上京して最初に世話になったのが若葉台(黒川)の独身寮、改めて記すが当時駅前は竹林の生い茂る階段を降りると、右にヤマザキパンの小売り、左にカップヌードル、缶ジュース、煙草は当時愛煙していたセブンスターが220円であったかの自動販売機、そしてうどん屋、すかいらーくがあるだけであった。寮までは近道、つきあたりの車道を越え垣根の間にある、けもの道の小川に架かる板一枚を渡り辿り着く。梨畑の蝉しぐれにクワガタやカブトムシが網戸に留まりに来る、郷里よりも懐かしいだろうところ、管理人さんの話では以前は音楽学校の寮であり近隣からドラムの音で苦情が入ったりしていたようである。ギターを抱え自分はベランダから木の幹を踏んで蝉の声を散らし、サブスクにあるアルバム「灰色の街から」の録音をしたのを覚えている。 ある日、渋谷の東急ハンズへの道すがら偶然、学生時代の女子と出会った。彼女も一人当時は路上喫煙も煩くはない、火を点けてくれ少し話し電話が開通していなかったので住所をメモし渡した。二度目に訪ねて来た時、食事を用意する彼女にその頃想いを寄せていた女子への葉書を読まれてしまったが、特段気にする様子も見受けられなかった程度の付き合いであったのを思い出す。「東京暮らしも四年目」にある三ヵ月の同棲もこの寮でのことであるが、数少ない女子との関わり合い、今は建屋自体も見当たらなくなってしまった。目印にもなるか、すかいらーくに隣接していた柿の木もである。 1999年からか駅前には上半身裸でサキソフォンを吹く男と猫のブロンズ像がベンチに置かれているそうだ。その昔夜間、京王線の橋桁の下で響くギターとハープを気にしながら鍛錬、奏でていた自分もそこにいたのであろう。いえ、服は着ていたと思います。 2026/02/21(土) 今後 二月に入ってから日々配信をこなせ不調もそれ程、日中はまた友人と串焼き屋で傾けていた。帰路は新百合ヶ丘まで出向きサーティワンを提げ徒歩を億劫にバス、岡本おさみ氏の云う少女のサラブレットの鬣(たてがみ)を眺め、近日の外出が促されていく。帰宅後、高揚著しく他愛のないことばかりであるが妻に執拗に話しかけていた。ただ関白宣言のフレーズ「お前のお陰でいい人生だったと、おれが言ったから、もう言ったから」には彼女も聞き捨てならないようであった。 新たなアルバム「Midnight News」の配信開始後、氏の手掛けた歌詞が何篇かあるのでAIにて動向を窺っていたのだが、自身の判断でとりあえず削除依頼は賢明と至った。だが本意ではない、ご容赦いただければ幸いであると思う。 鳥取の幼馴染とは昨年久しぶりに首都圏で昔話の機会が持てた。気心の知れた人間との場は貴重と、お互い相変わらずあの頃のままの付き合いでいられそうではあった。先日の積雪の動画に、日本海側こちらも夕べから三十センチ、津軽の雪景色のようだと後日LINEで交わしている。 時季と、懐かしんで「出発の歌」「巣立ちの歌」をyoutubeから。あれから自分は「グラデュエイト」である。今日は妻は酔い覚ましのビールに何も云わない。「まだやり残したことあるよね?」と云うだけである。 がらんど - Nihon Ookami Kamui - (Hatena blog) 履歴 2025/ 2024/ 2023/  2014/ 2013/ 2011/ 2010/ 2009/ 2006/ 2005/ 2004/ 話題 歌 書 詩 絵 短歌 小説 写真 料理 BBS Mail Prof. さくしか note twitter bluesky facebook instagram youtube mixi pokekara coconala sale. 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